肝胆膵外科は肝がん・胆道(胆のう・胆管)がん・膵がんに対する外科治療(肝切除・膵切除)を専門としています。
肝胆膵外科領域の疾患は診断・治療の面で専門性が高く、正しく診断し、正確かつ安全に切除するには、高度な専門的知識と技術が要求されます。
肝臓・胆道・膵臓は、血管や臓器が複雑に配置された領域に存在しています。
重要な血管や臓器を傷つけることなくがんを切除し、その後の生活に支障をきたさない手術を行うためには高度の技術が求められます。
安全・確実に手術を行うために最も大切なのは、「がんがどこにあり、どこまで広がっているか」、「血管がどのように走っているか」を正しく見極めることであり、経験と技量が必要になります。
肝臓・胆道・膵臓のがんは一般的に悪性度が高く、治療が難しいがんに分類されます。
以下に我が国におけるがんの相対生存率を示します。
5年生存率 | |
大腸がん | 71.4% |
胃がん | 66.6% |
肺がん | 34.9% |
肝がん | 35.8% |
胆道がん | 24.5% |
膵がん | 8.5% |
(国立がん研究センターがん情報サービス)
肝胆膵がんは他の消化器がんや肺がんと比較しても予後が悪く、難治性のがんであることがわかります。
しかし、適切な治療を、適切なタイミングで、適切な方法で行うことができれば、根治または長期の生存が期待できます。
高度技能医が行う根治性の高い安全な手術
肝胆膵外科手術は、消化器外科手術の中で、特に難易度が高いといわれています。この難しい手術を安全に、かつ確実に行うために、日本肝胆膵外科学会は高度技能専門医制度を定めています。
当院は、厳正なる審査を経て、日本肝胆膵外科学会より高度技能専門医修練施設に認定されており、要求される水準以上の症例数や治療の質が担保されています。
(柏市では当院と国立がん研究センター、慈恵医大の3施設のみが認定されています。)
当科には、大学やがん専門施設で十分に研鑽を積んだ経験豊富な高度技能医が3名(指導医2名・専門医1名)在籍しています。
当科で行われる全ての高難度肝胆膵外科手術は高度技能医が責任をもって執刀しますので、安心して治療を受けて頂けます。
諦めないがん治療
治療は何より安全を優先しますが、他施設で切除が困難とされた高度進行がん、再発がん症例やリスクを伴う高難度手術でも、治癒もしくは切除による生存延長が望める場合には、でき得る限り切除を行っており、諦めない外科治療をポリシーとしています。
当科では、臓器移植の技術を応用した血管合併切除再建や、肝膵同時切除といった超高難度手術も積極的に手掛けています。
他院で切除が難しいとされたケースでも、当院では切除できる可能性があります。
近年、効果の高い抗がん剤が使えるようになってきていますので、初診の時点で腫瘍が巨大であったり、多数の肝転移があるために切除が困難と判断されても、抗がん剤によって手術が可能な状態にもっていける(コンバージョン)症例が少なからず存在しています。
確率論だけでガイドラインに盲目的に従って、「切除不能」とか「切除の意味がない」などと決めつけることなく、集学的治療を駆使して常に最善の策を追求しています。
抗がん剤治療が進歩している一方で、固形がんに対して手術以外に根治を望める治療法はありません。抗がん剤のみですべてが消失するようなケースは極めて稀です。
例えば、大腸がんの肝転移では、多発、特に腫瘍が4個を超えるようなケースでは、かつて根治が不可能と考えられてきたため、現在でも外科的切除を手控える施設が数多く存在しています。しかし、その中には手術の意義がある患者さんが多数いらっしゃるのも事実です。がんの根治の可能性は単に腫瘍の大きさや数だけで判断できるわけではありません。大きさ・数に関係なく、外科的な治療介入により根治、あるいは長期生存が望めると考えられるケースには諦めずに手術を行っています。
総合病院であることの利点
当院では、総合病院の利点を生かし、各診療科の強力なバックアップのもと、高齢者や重篤な併存疾患を有する患者でも、多くの場合において適切な肝胆膵手術を行うことが可能です。
総合病院ではないがんセンター等では受け入れが困難な、透析や心疾患、呼吸器疾患などの併存症を有する方でも、当院では治療が可能です。
治療までの時間が早いこと
当院では麻酔科、手術室の協力のもと、柔軟な手術室の運用を行っており、迅速な治療を行うことが可能です。
特に肝胆膵がんは予後が不良な難治がんであり、単なる手術の「順番待ち」で時間を浪費することなく、早急に治療に臨むことが極めて重要です。
真の低侵襲手術の追求
医療機器の技術革新にともない、小さな傷で行う低侵襲手術が可能となりました。
開腹手術では腹部を大きく切開する必要があるため、術後の痛みや回復の妨げになることが問題点の一つでした。
低侵襲手術のメリットは腹壁の破壊を最小限にすることで、痛みが少なく、回復が早い点にあります。
一方、腹腔鏡手術では死角や動作制限など、開腹手術とは異なる手技上のリスクやデメリットも存在します。
低侵襲手術は高難度の手術が多い肝胆膵外科の分野で遅れていた領域でした。
当科では、どうしても開腹手術でしか対応できない複雑で難度が高い手術を数多く扱っている一方、標準的な肝胆膵疾患の手術治療においては低侵襲手術を積極的に行っています。
特に、次世代の低侵襲手術の主流となる最先端のロボット手術を推進しています。
手術支援ロボットの特長として、高精細な3D拡大画像、人間の関節を超える高自由度多関節鉗子、フィルタリング機能(手振れ防止)、スケーリング機能などが挙げられます。従来の腹腔鏡手術の欠点を克服した、安定した視野での精緻かつ難度の高い手技が可能です。
ロボット手術では、まさに直感的(intuitive)な操作で、自分の手を動かすのと同じように、いや自分の手を直接動かす以上に、鉗子を自由に操ることができます。
外科医は、あたかも自分が患者さんのお腹の中に入っている感覚で手術が行えます。
ロボット手術は、今まで私たちが開腹手術で培ってきた経験を大きく活かせる手術です。
すでに先行して多数行われている胃がんのロボット手術では、腹腔鏡手術に比べて術後合併症の低減効果や生存率の向上が証明されています。肝胆膵領域のロボット手術でも同様の効果が期待されています。
当院はIntuitive Surgical社da Vinci2台を運用しています。
十分な実績を積んだロボット支援膵切除術・肝切除術プロクター(指導者)資格(2024年8月時点で千葉県内の有資格者は5名のみ)を持った肝胆膵外科高度技能医が常勤しており、熟練したエキスパートにより肝胆膵ロボット手術を行っています。
最後に強調したいのは、手術の目的は安全かつ確実にがんを切除して患者さんを元気に帰すことであり、手技を完遂することではありません。
安全性や根治性を犠牲にすることなく、真の意味での低侵襲手術を追求しています。
◆肝がん
肝がん肝臓の悪性腫瘍は大きく分けて、1)原発性肝がん(肝臓自体に発生するがん)、2)性肝がん(肝臓以外のがんが肝臓に転移したもの)の二つに分類されます。
1)原発性肝がん
・肝細胞癌
原発性肝がんの90%は肝臓の細胞そのものに生じたがんである肝細胞癌というタイプの悪性腫瘍です。肝細胞癌は、通常、B型肝炎、C型肝炎、アルコール多飲、脂肪肝などを原因とした傷んだ肝臓に発生し、正常な肝臓に発生することは少ないです。本邦ではB型肝炎やC型肝炎のスクリーニングやウイルス治療が進み、肝細胞癌の数は減少する傾向にありますが、最近ではアルコール、脂肪肝、糖尿病など生活習慣病に関連した肝細胞癌のケースが増加しています。
肝細胞癌に対する治療は、肝臓の予備力、腫瘍の数、大きさ、場所で決まります。
以下に日本肝臓学会が発行する肝癌診療ガイドラインの治療アルゴリズムを示します。
肝細胞癌は高率に再発を起こしますので、再発を来した場合の治療選択肢まで見越して治療の選択を行っていくことが重要です。
ガイドラインを踏襲しつつ、どの治療がベストであるのかを個々の患者さんについて検討しています。
肝細胞癌の長期的な生存を決定するのはその時その時の正しい治療の選択であり、適切な治療を受けたかどうかでその後の生存率に大きな差が出ることが分かっています。
精密な予定残肝容積と肝予備能の計算に基づいた安全切除限界を用い、高度肝障害を有するケースにおいても、安全限界ギリギリまで切除の可能性を追求しています。
門脈圧亢進症を有する症例においては、脾摘を併用することによって、切除を選択できる場合があります。
肝細胞癌には、長らく有効な抗がん剤の乏しい時代が続いていました。しかし、近年になって効果の高い分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場したことで、従来切除不能と考えられてきた症例でも切除の意義が期待できるケースが増えています。(コンバージョン)
2)転移性肝がん
肝臓そのものに発生するがんのことを原発性肝がんと呼ぶのに対し、他の臓器に発生したがんが肝臓に転移したものを転移性肝がんといいます。
転移性肝がんは肝臓に転移しているという時点ですべて「ステージ4」のがんです。
原発巣(もともとのがんの場所)がどこであったかによって、腫瘍の性質が異なり、治療の方法や根治の可能性も大きな違いがあります。
・大腸がん肝転移
転移性肝がんの切除で最も多く行われるのは大腸がんの肝転移に対する切除です。大腸がんは他の消化器がんと異なり、肝臓や肺に転移していてもすべて切除することが可能であれば、根治が期待できる数少ないがんです。
大きさ・数に制限を設けず、手術の意義があると考えられるケースには手術を行っています。肝臓を大きく切除する必要がある場合には、門脈塞栓術や二期的肝切除などを併用することにより、肝切除の安全性や可能性を追求しています。
多数肝転移を有する症例では治療経過中に2回以上繰り返し肝切除を必要とするケースが大半ですが、大腸がん肝転移は肝細胞癌と同様、切除可能なものを諦めずに切除していくことで予後が改善することが示されており、治療には外科手術の技量はもちろん、抗がん剤治療も含めた総合力が求められます。
大腸がん肝転移に対しては、抗がん剤治療がなかった時代でも切除のみで治癒する症例が一定数いることが知られていました。近年、有効な抗がん剤が使えるようになっていますが、それでも抗がん剤治療単独で得られる生存期間は中央値で約2年半(30ヶ月)とされています。根治もしくは長期生存をもたらしうる方法は現時点では切除以外にはありません。
初診の段階で切除が可能なケースと、切除困難なケースを比較すると、当然前者の方がその後の生存率は良い傾向にあります。しかし、初診の時点で切除困難と判断されても、その後の抗がん剤治療によってコンバージョン手術に持ち込むことができた症例では、切除は無理と諦めて抗がん剤のみで治療されたケースと比較して生存率が大幅に良いことが示されています。
抗がん剤治療が長期化すると肝臓が傷んできます。コンバージョンを目指すケースというのは肝臓を大きく切除する必要がある症例が大半ですので、抗がん剤治療をやりすぎてしまうと肝機能の悪化により切除が不可能となってしまいます。したがって、腫瘍増殖の制御がつき、肝障害が来る前の早い段階で手術に踏み切る必要があります。手術を念頭に置いた場合、抗がん剤治療をやりすぎるのはむしろ手術の危険性を増してしまうので良くないということになります。肝転移を有する症例では診断時点で一度肝臓外科医にコンサルトし、治療計画を練ることが重要です。
◆胆道がん
肝臓で作られた胆汁が十二指腸に流れるまでの経路を胆道と言います。その胆道にできる悪性腫瘍が胆道がんで、がんが生じた部位によって肝内胆管がん、肝門部領域胆管がん、胆のうがん、遠位胆管がん、十二指腸乳頭部がんと称されます。
胆道がんに対する薬物治療は3剤を併用する時代となりましたが、この効果は未だ満足できるものではなく、外科的切除が唯一かつ根治的な治療です。
上流側に発生する肝内胆管がんや肝門部領域胆管がん、胆のうがんは肝切除が必要であり、下流に発生する遠位胆管がんや十二指腸乳頭部がんは膵切除(膵頭十二指腸切除)が必要です。がんが広範囲に及ぶ場合はその両方、肝膵同時切除が必要です。一般的に胆道の上流ほど手術が難しく、予後が不良で、下流ほど手術による根治の可能性が高い傾向にあります。胆道の解剖は複雑であり、胆道がんはその部位や範囲により手術法は多岐にわたります。標準的な切除の基準がガイドラインでも明確には示されておらず、胆道がんの手術は執刀医の技量と経験によって大きな差がでる分野です。
◆膵がん
膵がんの多くは膵管に発生する浸潤性膵肝癌です。
膵がんは世界的に増加傾向にあり、本邦では今や胃がんを抜いてがんによる死因の第3位となっています。
死亡者数 | |
肺がん | 75762 |
大腸がん | 53130 |
膵がん | 40174 |
胃がん | 38767 |
肝がん | 22908 |
胆道がん | 17239 |
(2023年人口動態統計)
膵がんは難治がんの代表格ですが、手術が唯一の根本的な治療であり、切除が可能なら積極的な手術がすすめられます。しかし膵臓は周囲に重要な血管があり、がんはそれらの血管にひろがることが多く、その程度や転移の有無により「切除可能」「ボーダーライン」「切除不能」に分類されます。
当院は血管合併切除を含む高難度手術を積極的に行っており、他院で困難と判断されるケースも治療を行っています。
手術が高難度でありリスクの高い「ボーダーライン」に対しては、術前化学療法(抗がん剤治療)を併用した手術を行い、治療成績の向上に努めています。
初診時に「切除不能」と判断されても、諦めずに十分な抗がん剤や放射線治療といった集学的治療でがんが小さくなり、切除できることがあります。(コンバージョン)
また、病気の悪性度や進行度に合わせて、傷が小さく体の負担を最小限にするロボット手術を積極的に推進しています。